| |
|
|
|
| |
|
|
|
今日はバンテアイスレイとバイヨンに行こう、と朝から決めていた。沢山あるアンコール遺跡群の全てを見て回る事は滞在日数からして無理なので、優先順位
の高い順に廻ろうと決めていた。バンテアイスレイとは「女の砦」の意を持つ遺跡でシェムリアップ郊外にあり、「東洋のモナリザ」と言われる美しいデバターで有名だった。かつて小説家のアンドレ・マルローがその美しさ故にデバターを剥ぎ取ってフランスに持ち出そうとした事も有名な逸話としてよく聞かされる。その位
魅せられる所なのか、と私達の期待も大きかった。以前はバンテアイスレイまでの道は未舗装のガタガタ道だったそうだが、今は一応舗装が完了している。ただ、所々陥没していたり状態はそれほど良くなかった。しかし、その道のりはなかなか牧歌的で、水を張った水田や砂糖椰子の林、高床式の民家の庭先の洗濯物がみえたりとか、川や池では子供達と水牛が水に浸かっていたりとか、遠くを流れる雨期の灰色の雲の切れ目から澄み切った青空が覗いていたりとか、見ていて飽きず楽しめる。
|
| |
|

1時間はかからなかったと思う。バンテアイスレイの駐車場に車は止まった。やはりここもお土産屋と食堂が軒を連ねている。売られているのはここの遺跡特有の赤みを帯びた砂岩っぽいレリーフだ。余談だがこの並びには小奇麗なトイレもあった。この日はとても日差しの強い良いお天気だったせいか、砂岩の赤みがとても強く感じられた。雨期のせいで石が水分を含んでいた事もあるかもしれない。
|

まずは門があった。規模は小さいが細密なヒンドゥー神話のレリーフが施された門だった。人がひとりずつやっとくぐれるくらいの門の柱に文字が彫られていて、なにやら碑文の様だ。どんな事が書かれているのかは学術的な本でも読まないと判らないが、サンスクリット語かクメール語だと言われている。
|
| |
|
|

参道の両脇に貯め池がある。ここから眺めると規模の小さい遺跡だと感じさせられる。広大なアンコールワットの後に訪れ、小さいと感じたタ・プローム、それよりも更にここはこじんまりとした印象だ。中に入ってから思った事だが、だからこそ、ここの装飾的密度は他の遺跡と比較にならない位
高い。内容の濃いギャラリーのような遺跡だ。しかも時代が古いにも関わらず保存状態も良い。密林に侵食されていたタ・プロームよりも古いのに美しく残っているのは石の質のせいなのだろうか。
|

門をくぐったあたりから音楽が聞こえていた。遺跡のBGMとしては最高の哀愁を帯びたカンボジアの音楽だ。LAND
MINE MUSICと書かれたボートが楽隊の前に置かれていた。見れば彼らは皆、足や腕を欠損していた。目が不自由な人も何人か混じっている。地雷で障害を負った人達の楽団だ。彼らは観光客の姿が見えると音楽を奏で出し、前に置かれた箱に寄付を入れてもらっている。私も5ドル寄付し、会釈して立ち去ろうとすると彼らも私に深深と頭を下げた。私達ただの観光客に何が出来るという事もないのだが、ここで聞かせてもらった素敵な音楽のためにささやかな寄付をするくらい何でもないのだ。とても無力な気分だったが、彼らのその箱に結構沢山の紙幣が入っていたのを見た事は少しの救いだった。
|
| |
|
|

遺跡を背にして外壁を見た所。このあたりはアンコールワット周辺ほど背の高い木々が無い。日光も直接さしてくる。
|
バンテアイスレイの中央祠堂。この北塔と南塔の周りに「東洋のモナリザ」と言われる優美なデバターが彫られているのだが、大変残念なことにロープが張られており立入禁止。
|
| |
|
|

落ち込む気分を振り払うように経堂や周壁のレリーフをみて歩いた。デバターのように優美な美女ではないが、他のレリーフも見事な造形美だ。
|
|
| |
|
東洋のモナリザを私のカメラ精一杯の望遠で撮影。もっと近くで見たかった。時代も違うので表現も異なるのは当然だが、ここのデバターはアンコールワットのものよりも彫りが深く、足の形なども写
実的だ。アンコールワットのデバターは、体は真正面を向いているのに足だけは横向きで、エジプトの壁画のような足の描き方だったが、ここのは足も真正面
を向いている。作られた時代が100年以上違うのだから表現方法も変化して行くのは当然だ。
|

右下に写っているのが恨めしいロープだ。
|
| |
|
|
|
 |
| |
|
|
|