最初勘違いしていたのだが、アンコール遺跡群にはアンコールワットという寺院とアンコールトムという寺院があるかの様に思っていた。よく本を読むとアンコールトムとは「大きな町」という意味で、一辺3キロメートルの城壁で囲まれた王都の事をいい、その人民の救済のために建てられた仏教寺院がバイヨンという。アンコールワットはアンコールトムに隣接したヒンドゥー寺院で、両方とも12世紀の建造だが、アンコールワットの方が50年程早い。つまり、アンコールトムの城壁の中にバイヨン寺院、王宮、有名なライ王のテラス、象のテラスや他の寺院が建てられている訳だが、私達が訪れた雨期の暑さの中では徒歩で王都を周るのはかなり辛いものがあった。

   

かつて「宇宙の中心」と呼ばれたバイヨン寺院はインパクトの強い四面 の尊顔塔で有名だ。このタイプの尊顔塔はアンコールトムの東西南北の門にも、他の遺跡の周辺にも見られる。近づいて見ても遠くから見ても穏やかな笑みを口元に浮かべ、慈愛に満ち、それでいて謎めいた観世音菩薩の姿は感動的だ。木材で補強された石段を踏んで塔に登ると、周囲の密林の上を通 ってきた風が涼しく心地よい。

この尊顔塔を見上げているとアンコールワットは「天上の楽園」を具現化しようとし、バイヨンは「人々の現世での救済」をテーマにして建築されたという事も実感できる。アンコールワットで感じたあの「果 てしない」感じが無い。観世音菩薩の手の中にいるかのように、すっぽりと包まれている感覚が有るのである。それはこの遺跡の規模が小さいという物理的な理由からだけではなく、四方八方から菩薩の大きなお顔に見下ろされている構造から感じるのだと思う。

   

塔の祠に尼僧がいた。線香をあげ祈っていた。息子は「おいでおいで」と手招きされ、言われるままに線香をあげて祈った。するとやはりお布施を要求されたのでポケットの中のリエル(カンボジアの通 貨)を渡した。インドでしばしば体験する様に「少ない」とか「もっとよこせ」とか言われる事もなく、黙って尼僧は受け取った。日本の社寺仏閣と同様で、お賽銭をあげるのは当然のことだろう。けして悪質な感じはしない。こういうお金できっとお線香とかを買うに違いない。

   

バイヨンのデバターもバンテアイスレイに負けず劣らず優美だ。ここが仏教寺院だという先入観からなのか、仏教的な落ち着いた慈愛が香っている様な気がする。実際バンテアイスレイのデバターはヒンドゥー教らしくムッチリと肉感的だが、バイヨンのデバターはどこか中性的だ。
   

中央祠堂を囲むように第一回廊、第二回廊が取り囲んでおり、そこのレリーフも面 白かった。アンコールワットのレリーフが果てしない神々のマスゲームだったのに比べて、ここのレリーフに描かれた人々はお料理をしていたり建築工事をしていたり、出産をしているレリーフまである。やはり現世的である。

   

バイヨンから象のテラス、ライ王のテラスまでは目と鼻の先なので売店を冷やかしながら歩いて行った。でもバイヨンを見た疲れでテラスを隅から隅まで見て歩く気力は無い。何度も書くようだが非常に蒸し暑い! 芝生の先には廃墟と化した北クリアン、南クリアンが見えるが、到底あそこまで歩いて行く元気など無かった。

バイヨンからの帰り王都アンコールトムの東西南北の門の一つで車を停めて写 真を撮った。この門の間口は思いのほか狭く、マイクロバスがやっと通れる幅だ。大型観光バスはとうてい無理。アンコールトムには大型車は入れない。門の両脇、堀にかかる橋の欄干には直線状に神々が整列して壮観だ。