ムスーリー
リシュケシュを出てムスーリーに向かう日、約束の朝10時に例のロータリーへ私達が行くと、
そこにはトヨタ・クオリスが待っていました。
それに寄りかかる様にしてこちらを見ていて初老の男性がドライバーの様でした。
無愛想な人であまり馴れ馴れしく話してきてはくれません。
でも、ここインドではそう云う人の方がかえって善人だったりする事も多いので
別に気にせず車に乗り込むととなかなか綺麗で広い車内、、、。
私、、「大きい車ね!」ってフロント兄ちゃんに強調したからな〜
彼は私のリクエストを忠実に伝えてくれたんだな、、、と感謝。
バイバイ、、リシュケシュ
さっさと車に乗り込み走り出そうとするその時に
私が「じゃ、ムスーリーまでよろしく。」
と微笑むとおじさんも初めて笑ってくれたのでした。
走り出して直ぐドライバーさんはあるお店の前で車を停めて降りていました。
何??と思っていると
どうやら整備屋さんらしく、ここでタイアの空気圧をチェックしています。
良し良し,なかなかキチンとしているじゃない〜と再度安心。
リシュケシュの町を抜けて車は森林の中を走ります。
うっそうとした森はかつて行ったカンボジアを思い起こさせました。
そして道ばたには沢山の猿達がいて、人の捨てたゴミのようなモノを食べています。
しばらく走ると車は森を抜けて、
両側を田んぼやサトウキビ畑に挟まれた道をひた走ります。
稲穂が連なっているのを見るとどこか郷愁を感じるのは米食民族の本能か、、、
この国の人の主食もお米なのですよね。
1時間くらいでデラドゥンの町に入りました。
ウッタランチャル州の州都だけの事はあり結構な都会です。
帰りはこの町からデリーへ戻る列車に乗る予定なのでした。

デラドゥンを抜けると道はいきなり山道に変わります。
車はどんどん坂を登りやがてイロハ坂の様な急カーブの連続になるのでした。
森の木々が切れるといきなり視界が開けてかなり高い所まで登って来た事を知ります。
道は2車線でそれほど怖さを感じる事はありませんが、所々土砂崩れの様に
崩れ落ちていて、急に一車線が使えなくなったりするのはとてもスリリングです。
30分程山道を登った頃には遠くの山頂にホテルの様な
立派な建物が林立するのが見えて来ます。
「あれがムスーリー?」とドライバーさんに聞くと
短く「そうだ。」と答える彼は運転に集中している様でした。
さすがにあの傍若無人な運転をするインド人達もこの山道ではそれも影を潜めて
みんな安全運転なのでした。
時々、思いっきりノロノロ運転の車が前にいたりして、
それを抜くのはとても神経を使う様でした。
土砂崩れ復旧中
この山道をバイクで走っている人達も多く、彼らはとても寒そうでした。
途中、道ばたには簡素に置かれた椅子とテーブルだけのドライブインのような
休憩所もあって、観光地としての人気を感じます。
どんどん、どんどん車は登って登って、、、
やがてムスーリーの賑わいがすぐ近くに見えた所の駐車場やバス停の集まる場所で
停車しました。
ここはピクチャーパレスという場所だそうで、
ここから先は車の乗り入れ制限があるので入れないとの事でした。
つまり、ここで車を降りて後はホテルまでは歩く、、、という事です。
ネットでムスーリーのホテルを物色している時に1つ目星を付けておいたホテルがありました。
パーク・プラザという名のホテルです。
ピクチャーパレスから歩いてすぐで、しかもお庭からの風景は最高!
とサイトに書いてあったのでそこへ行ってみようと思っていました。

車を降りてリュックを受け取り、ドライバーさんにチップをあげて
ここで彼とはお別れです。
無駄口叩かない人でしたし、運転も荒くなく申し分無い人でした。
ジャイプールインのフロント兄ちゃんとすったもんだありましたが、
料金をよこせ!とかも全く言われる事なく、黙って彼は帰って行きました。
帰りの運転も気を付けてね〜と心で見送り、さっそくホテルへ。
ビクチャーパレスでは何人かに「ホテル決まってるか?」と声をかけられましたが
ガン無視。
客引きやっている様なホテルはきっと中心部から遠いホテルに決まってる、
と思っていたからでした。

50メートルも歩かない内にパークプラザの看板は見えました。
メインストリート、通称モールと呼ばれる商店街を少し入って坂を降りると
そのパークプラザの大きな門が見えました。
高級そうなホテル、、、門番さんがゲートを開けてくれます。
部屋は空いていて、というよりガラガラに近い感じでした。
一泊三人で13000円くらい、、、。
リシュケシュで安いホテルに泊って節約したし、
ここに来てちょっと設備の整った環境で落ち着きたくなっていた私達は、
「ここにしちゃえ〜」とチェックインしました。

チェックインの後早速、昼食がてらモールを歩いてみる事にしました。
お天気は曇り、日差しも無く空気も冷たく、寒いくらいです。
すれ違う欧米人達はアノラックを着ています。
一方私達は半袖Tシャツの上に薄いウインドブレーカー程度の装備です。
いや〜寒い、、、本当に寒い、、、、
気温をちゃんと調べて来なかった事を後悔しました。

モールの途中に小綺麗なレストランを見つけ入りました。
ムスーリーではネパール人やチベット系の人を多く見かけますが、
このレストランのメニューにもモモがあります。
モモはチベットやネパールで見かける餃子の一種です。
ベジタブル・スチーム・モモとチキン・フライド・モモ、
チキンカレーとプレーンナンを注文しました。
ハリドワール、リシュケシュとベジタリアンの町に滞在していた私達にとって
お肉は久しぶりでした。
ベジタリアンも特に苦痛には感じませんでしたけれど、久しぶりチキンは美味しい〜

先ほどから雲がたれ込め不穏だったムスーリーの空は、
私達が食事を始める頃に雨に変わりました。
小粒の雨がぱらぱらと降り始めるのと時を同じくして、
濃い霧が押し寄せる様に流れて来て賑やかなモールに立ちこめました。
その様はなんとも神秘的です。
見えていた近くの丘もあっという間に見えなくなります。
雲に町ごと飲み込まれてしまった様です。
しかし、困った、、、。私達は傘を持って来ませんでした。
しかたなく雑貨屋でえらくセンスの悪い、
日本では死んでも使わないと思う柄の傘を購入して町歩きを続けました。
寒い、寒い、と娘が言います。
そこで衣料品を扱う大きなお店に入りましたが、やはり厚手のジャケットやコート、
セーターやストールが沢山売られています。
ここに来て購入する人達って多いのでしょうね。
値段的には日本のバーゲン時に購入する方がずっと安い、、と思う様な金額です。
柄や色を考えるとあえてここでセーターやジャケットを買う理由は
私達にはありませんでした。
そこで私と娘は、安いストール(約300円)を購入して、
それを巻き付けて歩く事にしたのでした。これが結構ポカポカ暖かいのでした〜

ムスーリーはQueen of Hillとも呼ばれ山の上の町、
当然商店街モールにもアップダウンがあります。
坂を上って降りて、また登って〜と歩くうちに結構足に来ます、、、。
しかも雨は降り続いていて足元もびちゃびちゃ。
モールの中に銀行を見つけました。
ここには用事があります。
お札を交換してもらわなくてはなりません。
昨日リシュケシュで両替したお札の中に番号の部分が切れているモノが混じっていて、
お店での使用を断られてしまっていたのでした。
つまり私は両替屋の兄ちゃんにしてやられたのです。
金額だけ確認し、ちゃんと一枚一枚の状態を確認しなかった私が悪かったのですが、
あの両替屋は聞いて来ました。
「インドは何回目?」とか
「リシュケシュから何処に行くの?」とか。
つい私が正直に
「明日の朝、ムスーリーに行くのよ。」なんて答えたものだから
破れた500Rs札を混ぜ込んで来やがったのだと思います。
クレームを付けに戻ってくる事は無いだろう、、、と見越しているんですね。
あーー、憎たらしい。
でもここはインド。ちゃんとチェックしなかった自分が悪い事に変わりはありません。
銀行内には銃を持った警察官が立っていました。
偶然、彼と目が合ったので「お札の交換に来たのですが、、。」と言うと
親切に「あそこのカウンターで頼んでごらん。」と言われました。
そのカウンターの向こうには立派なデスクで仕事をする立派な体格と髭のおじさんが
沢山のお札を数えていたのでした。
そのおじさんに「かくかくしかじか、、」と話をすると
「両替時のレシートはあるか?」と聞かれました。
しまった!! 貴重品と一緒にホテルのセイフティーボックスに入れたままだった!!
私がそれを伝えると、おじさんは
しょーがねーなー的な表情で新しい500Rs札と交換してくれたのでした。
「今度からはちゃんと確認しなくちゃダメだよ。」と小言をいいながらでしたが、
まぁ、その通りなので仕方ない、、、。

その後本屋さんでインドの神様コミックを購入したり
この町では良く見かけるケーキ屋さんでいかにもインド的なケーキを購入したりして
ホテルに帰ったのでした。
雨はずっと降り続いてサンダルで歩く足先も濡れて冷たくて冷たくて、
ショッピングが続けられなくなってしまったからでした。
視界も悪く、遠くの山はおろか、直ぐ近くの丘すら見えないので
ショッピング以外する事が無いのに、、、、
雨のせいで不完全燃焼な一日、、、。

ホテルに帰ってから息子と娘はやはり町に出たくてうずうずしていたのか
二人でCDショップへ出かけて行きました。
1時間程で帰ってくると二人で10枚くらいのVCDやCDを買って来ました。
それに、店員さんと色々音楽や映画の話をして楽しかった様でした。
買って来たVCDの中に今売り上げNo1と言われた映画があって、
それは日本に帰って来てから見たのですが、すごい歴史スペクタクルでした。
ロケには、インドに数有る歴史的建物が使われいて絢爛豪華、
衣装も綺麗、役者も美しく、しかもキャラが立っていて、見応え充分ですインド映画。
その日の夕食はホテルのレストランに行きましたが、そこで食べたのはその一日だけでした。
何故なら値段が高いのもあるし、何より格式張ったイギリス式の給仕が苦痛だったからです、、。
ムスーリーはそもそもイギリス人統治時代に開発されたリゾートとは聞いていましたが、
こういう所にはまだそういう伝統が残っているのですね。
ボーイさんのお行儀も立ち振る舞いもきちっとしています。

一品一品運ばれて来て、取り分けてお皿に乗せてくれるのは有り難いのですが
スターターもメインディッシュもみーんな一緒に持って来てよー。
スターターをご飯のおかずにしたかったんだよ〜
それに食べるのに時間がかかるし、
そんなにじっと見られていては食べ難いじゃない、、、、
とは、言いたくても言えませんよね。
毎晩、次の日こそ雨が止む様に祈って寝たのですが、
ムスーリー滞在中はずっと雨にたたられました、、、。
その中でも二日目の雨が一番激しく降っていました。
どしゃ降りです。
こうなってくると、このホテルも小高い山に張り出す様に建てられているため
日本人の常識として土砂崩れが心配になってしまいます、、、。
娘と息子に早めにムスーリーを切り上げてデラドゥンに泊ろうか?と提案してみたのですが、
どうも彼らはそれにはあまり乗り気でない様子です。
「こんな雨の中、山を降りる方が危険なんじゃないの?」と娘は言います。
たしかに、そうかも、、、と私も思ったりします。
ちょうど良いからムスーリーで少しのんびりしようか、、、
ホテルも良いホテルだしね。
結論としてはそうなりました。
ムスーリーにはガンヒルというロープウェイで行く、この辺では一番高い場所があります。
そこからは晴れていればヒマラヤさえ見える、とガイドブックには書いてあります。
しかし私達のムスーリー滞在中はヒマラヤはおろか直ぐ近くの山さえ見えない有様で、
とうとうこのガンヒルにも登りませんでした。
何の為にここまで来たんだか、、、。
雨期は7、8月と聞きましたが、9月も避けた方が良いのかもしれませんね。

朝食を食べている時、ホテルのボーイさんに
「いつもこの時期はこんなに雨が降るの?」と聞くと
彼は「いや、いつもはこんなには、、、」と首を振って
「1時間くらいで天気が変わって来る事もありますよ。」と私達を慰めてくれたのでした。
その日の昼食は何も食べる気もしなかったのですが、
どんなに疲れていても食事だけは取らないと、もっと疲れてくるので
何か食べなくては、、、と考えた挙げ句、私が一人で散歩中に見つけた
チベット・タイ料理のお店に行ってみよう、という事になりました。
ホテルを出て、登って下って、登って下った所にあるレストランです。
わずかな距離なのですが、距離以上に足に負担の掛かるこの町です、、、。
チベット料理のトゥクパは日本のうどんに良く似た料理です。
私は以前何回かネパールに行った時にこの料理に救われた事があって
今回もそれが食べたくなったのでした。
スパイスに疲れた時はこの料理に癒されます。

そのチベット料理屋は階段を登った2階にありました。
私達が行った時、客は私達だけで空いていました。
味的に一抹の不安はよぎりましたが、チキントゥクパを3つ注文したのでした。
運ばれて来たトゥクパはうどんと言うよりラーメン、、、
チキンラーメンなのでした、、、。
でも、それでも私達は大満足。
サッバリしたチキン醤油系の味付けで、つるつるした喉越しもあって
食欲が無かったなんて嘘の様に完食です。
やっと私達の顔にも笑顔が戻った、、、とそう思ったのも束の間、
その後でハプニングが起こったのです。
食後、レストランを出て階段を下る私の後ろでズズン!と鈍い音が。
振り向くと娘が尻餅をついて顔を苦痛に歪めていました。
「もー、気を付けなさいよ。」と私が言うと娘はひどく痛いらしく呻いています。
「大丈夫?歩ける?」と聞いた私。
当然、「うん。大丈夫」と答えが来るのを期待しての事ですが、
娘は何も答えず、「痛い、、、、眼が見えない、、、、」と呻くのでした。
あれ、貧血でも起こしたのかなと、しばらくそのままその階段に座らせたまま
休ませていたのですが、10分経っても15分経っても,動ける気配がありません。
「目の前が真っ暗、、、痛い、、、体が痺れる、、」と言うので
私はまさか脊椎とか神経系を痛めたりしたのか、、、、と初めてゾッとしたのでした。
ムスーリーは車の乗り入れを制限している町なので当然タクシーは通りませんし、
雨のせいなのかシーズンオフだからなのか、、リキシャーすら見かけません。
このまま娘が動けなかったら救急車を呼ぶ事になるのだろうか、、、
と私は途方にくれていました。
しかし、、、こんな所でうずくまっている娘。
他のインドの町だったら、「どうした」どうした」と大変な人だかりになって
誰かしら手を貸してくれそうなものの、ここムスーリーの人達のドライな事。
誰も何も声すらかけてくれません、、、、
「どう? 動けそう?」と声をかけても娘は「無理、、、痛い、、、気持ち悪い」と
呻くだけでした。
それから20分くらいして、「やはり救急車かな、、、」と覚悟を決めた頃に
娘は「救急車はいや。少しずつ歩く、、、」と言いました。
そこで私と息子で両側から娘を支えてホテルまでの200メートル程の道を歩く事にしました。
途中、上り坂も下り坂もありますので距離以上にしんどい行程でした。
すれ違った欧米人女性二人組の旅行者が大きな眼を見開いて私達を
心配そうに見つめています、、、。
ははは、、、大丈夫。階段ですべっただけだから、、、と心の中で呟き
眼で彼女達に「大丈夫だから。」と伝えるべく作り笑いして歩きました。

しかし、、、娘が打った尾骨の辺って色々な神経が集まっている所。
もし脊椎とか神経とかをやられていたら旅行を中止して帰国だわな〜
迷ったけど、成田で旅行保険に入っておいてよかった〜
等と考えながら色々と覚悟やこれからの事を考えながら歩いている内に
なんとかホテルに辿り着く事が出来ました。
駆け寄って私達の荷物を持ってくれた門番のお兄さん、、、ありがとう。
ハウスキーピングのお兄さんも心配顔で私達の部屋に来てくれて
「すぐ近くにホスピタルがあるから。」と教えてくれました。
私はお礼と「もしシリアスな状態だったら病院に行くので、しばらくベットで
ゆっくり寝かせてみます。」と彼に伝えました。
それからしばらくして娘は
「なんか大丈夫そう。眼も見えるし気持ち悪くないし、痺れも無くなった。」と言います。
よかった〜、、ショック状態になっていただけだったのね〜
痛みは残っているけど、気分が良くなった娘はホッとしてしくしく泣き出す始末。
まあ、異国で怪我や体調不良は心細いものですよね。
自分の不注意で滑って転んだとはいえ、娘が不憫になりました。
すると奴は「タバコ吸いたい、、、」と言うではありませんか。
思い切り「今はダメ!!」と言い放っておきました。
帰国後、一応整形外科でレントゲンを撮ってもらった所、
医者曰く
「ああーー。これは痛かったでしょう〜、よく頑張ったね。
尾骨が内側に曲がり込んじゃってるよ。」と言われたそうです。
娘が、「どうすれば治りますか?」と聞くと医者は
「何もする事は無いんですよ。シップ出しておきましょう。」
と言ったそうです。
つまり放置。開けて手術する事も意味が無いらしいし、、、
その医者は「痛みは半年くらい続くと思いますよ」と言ったらしいです。
まぁ、、、それにしても大事無くて良かったと言うべきか、、、

娘がスッ転んだその日の夕刻、
私と息子はまだ痛がり動けない娘を部屋に残して、
夕食用にドミノピザのピザをテイクアウトしに行きました。
チリチキンとデラックスベジタブル。2枚Mサイズ。
日本だと5000円行きそうだけど、ここでは1200円くらい。
それと途中のレストランのテイクアウト用ウィンドウに並んでいた
美味しそうなタンドリーチキンを一串、買って帰りました。
その頃には雨も上がって霧も晴れ、さっきまで見えなかった近くの山々が
突然姿を現していました。
ホテルの部屋で持ち帰ったピザとタンドリーチキンを囲む夕餉。
娘がもりもりピザを頬張る姿に安堵したせいか、
とても暖かくて美味しく感じたのでありました。

