10年くらい前の話だが、イギリスのロックバンド「イエス」のアルバムに「AngkorWat」という曲が入っていた。歌詞の内容は正確には覚えていないが、「美しいその遺跡が人々の争いによって崩壊して行くのは悲しい」というような内容だったと思う。悲しい旋律の曲で、私はアンコールワットについてほとんど知らなかったのだが、どこに有り、なぜ崩壊しているのか調べてみた。長く続く内戦によって人民は虐殺され、ただでさえ時間の経過とともに崩壊して行く遺跡も戦火に傷ついている事を知った。その頃は当然観光などでのんきに訪れる事が出来るような政情でもなく、世界各地の有識者が遺跡を守ろうというような事を海外から遠巻きに訴える事ぐらいしか出来なかった。 それから時は流れポル・ポトも死に、内戦も時間をかけて沈静化して行き、やっとカンボジアにも平和が帰って来た。当然まだ後を引いている部分もあり、この平和が安定的に続くものなのかは判らないのだが、少なくともツアー客も多く訪れ、この世界遺産の中の世界遺産とも言える遺跡を見学かする事が出来るようになった。アンコールワットに行ってみたいという気持ちは曲を聞いた頃からあったのだが、今回とうとう訪れる事が出来た訳だ。 アンコールワットという言葉を聞くだけで、私はあの美しい曲とカンボジアという国が持つ悲劇性が心に浮かぶのだ。

     
 

アンコールワットの駐車場は橋のような参道の入り口にある。そこには沢山のバイクタクシーやタクシーが各々の客を待っている。食堂やおみやげ物屋も何軒かあり、賑やかだ。私達もそこで車を降りた。スリングさんは「ここで待ってるから、時間を気にしないで見てきていいよ。」と言った。あと「この辺で水を買うととても高いからあげるよ。」と私と息子にミネラルウォーターのビンを1本づづくれた。 彼はその水をトランクから出してきたので、生ぬるいというよりは微温湯くらいの温度になっていて、一瞬「高くても冷たい水、買いたいなー」とも思ったが、彼の好意を無にするわけにもいかず有り難く頂戴することにした。 アンコールワットの参道は堀を渡るようにまっすぐ続く。片側は崩れかかって傾いており、人が歩かないようにロープが張られている。オレンジ色の僧服を着た僧侶が歩いていた。ここは遺跡でもあり現在も続く信仰の場所でもある。ポル・ポト時代には僧侶もほとんど殺されてしまったという

     

堀は果てしなく続くように見える密林の中にある。雨期の豊富な水を湛え、水辺には子供たちが泳ぎ、所々に蓮の花が浮かぶ風景はなんとも極楽的だ。そんな堀を渡って吹いて来る風はまとわりついてくる蒸し暑いカンボジアの空気を吹き払い、とても心地よい。

 
     
 

寺院内に入るとまずその細密なレリーフに目を奪われる。柱ごとに浮かび上がる女神、デバター達。暑さを忘れて見て回ったが、沢山有りすぎて全部くまなく見るなんて1日じゃ無理だと思った。とにかく出来る限り一つ一つ丁寧に見て歩こうと思ったが、入り口あたりですでに大量 の汗が噴出してくるその暑さに、私はさっそくスリングさんからもらった微温湯を口にしていた。

     

表門を抜けるとアンコールワットの5本の塔が見える。神々がおわしますヒマラヤの峰を象徴するという塔だ。この景色は私達が良く絵葉書などで目にする有名な姿。 また、ここで私は感慨ひとしお。「とうとう来たんだなーアンコールワット」と大切な一瞬を噛締めている。 見渡せばおびただしい数のトンボが頭上を飛んでいる。草原を歩けばこれまたおびただしい数のバッタが私達の歩みを避けようと逃げ惑っている。息子は面 白がって草原を歩き回ったが一歩踏み出すたびに周囲のバッタが飛んで逃げる様子は面 白いというよりシュールだ。

 
     
 
     
 
     
 

アンコールワットは広大だ。後から他の遺跡も行ったわけだが、比較にならないくらい広い。だから見て歩くのも一番大変だった。内周をやっと見て回った後で外周の壁に施された神話をモチーフにしたレリーフを見ようという段になると牛乳ビン何本分かの汗をかいたような気がする。スリングさんに水を貰っていなかったら脱水していただろう。 ヒンドゥーの神話を元にしたレリーフは見事だった。ラーマヤーナなど以前に読んだことのある神話の世界が壁いっぱいに展開されている。あっこれはハヌマンだね、これは弓を持っているからラーマ王子だね、とこの程度の知識でしか見て回れなかったが、インドからここまで流れてきたヒンドゥー教の世界がインドとはまた違った雰囲気で表現されている。それにしても沢山の人や神が高密度に彫られている事か。大勢が同じ方向を向いて連なっている様は、古館一郎だったら「みごとなまでの神々のマスゲーム」とか言うんだろうね、と息子と笑い会った。ちなみに、その夜見に行ったアプサラダンスの演目もラーマヤーナだった。